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| 久松小学校校友会会則 |
| 第一条 | 本会の名称を久松小学校校友会とする。 |
| 第二条 | 本会は会員相互の親睦と共励互助を図ることを目的とし、特定の政党・宗教に偏しないこととする。 |
| 第三条 | 本会会員の構成は下記の通りとする。 |
| ・正会員 久松小学校の卒業生及び在籍した者とする。 | |
| ・特別会員 久松小学校の職員ならびに旧職員とする。 | |
| ・名誉会員 本会に功労あり、特に幹事会の推薦を得た者とする。 | |
| 第四条 | 本会の運営に当たり下記の役員を置くこととする。 |
| 名誉会長1名 会長1名 副会長若干名 常任幹事若干名 幹事各卒業年度2名以上
監査役2名。 |
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| 但し、正会員中より選出するものとする。 | |
| 名誉顧問1名・顧問若干名・相談役若干名但し、正会員・特別会員・名誉会員中より選出するものとする。 | |
| 第五条 | 本会の役員中、会長、副会長、常任幹事、監査役の任期は2ケ年とする。但し再任を妨げないこととする。 |
| 再任の場合、会長については初任期間を含め通算4期8年を限度とし、副会長、常任幹事、監査役については限度はないものとする。 |
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| 但し、いずれもその任期の最終期限は、卒業五十年目とし、当該年の総会終了をもって定年退任とする。 | |
| 第六条 | 本会の総会は毎年1回5月に開催する。但し必要に応じて臨時総会を開催することとする。 |
| 第七条 | 総会の日、時、会場、運営については常任幹事会及び当番年度幹事会の合同会議により決定する。 |
| また、臨時総会については常任幹事会の決定によるものとする。 | |
| 第八条 | 本会の運営は入会金、会費、寄付金、基金により維持するものとする。 |
| 第九条 | 本会の収支決算は監査役の監査を経た後、常任幹事会、総会の順に承認を得ることとする。 |
| 第十条 | 本会の事務局は東京都中央区日本橋久松町久松小学校内に置く。 |
| 第十一条 | 本会則は総会において出席会員の過半数の同意を得て変更できるものとする。 |
| 内規 | @第四条の会長選出に関して |
| 校友会会長は、組織の独自性を守り、校友会の代表として純粋に機能するため、母校PTAまたは睦会の会長を兼任することは出来ない。 | |
| ※本則/昭和58年5月施行。平成14年5月一部改正(第五条の具体化) | |
| ※内規/平成6年5月施行。平成14年5月一部改正(Aの本則への移行) |
| 役員紹介 (平成18年5月現在) |
| 会長 | 赤岡 正博(昭37年) |
| 副会長 | 橋詰 阜佐枝(昭34年) |
| 中島 憲一(昭31年) | |
| 赤岡 正博(昭35年) | |
| 前田 圭子(昭39年) | |
| 盛田 繁子(昭47年) | |
| 斉藤 和也(昭47年) | |
| 常任幹事 | 市川 恒雄 ・ 郷 金二郎(昭32年) |
| 永井 登美子(昭33年) | |
| 橋詰 阜佐枝(昭34年) | |
| 中島 憲一・吉村 政人(昭35年) | |
| 赤岡 正博 ・ 内田 幸三 ・ 中村 正信 ・ 中谷 久子(昭37年) | |
| 前田 圭子 ・ 梶山 友三郎 ・ 竹嶋 明彦(昭39年) | |
| 古橋 一浩(昭43年) | |
| 斉藤 知也・盛田 繁子(昭47年) | |
| 山本 幸夫(昭53年) | |
| 江藤 照美(昭54年) | |
| 監査役 | 永井 登美子(昭33年) |
| 竹島 明彦(昭39年) | |
| 顧 問 | 奥田(昭年) |
| 渡辺(昭年) | |
| 江口 英彦(昭31年) | |
| 郷 金二郎(昭32年) | |
| 内田 幸三(昭37年) | |
| 相談役 | 関口 (昭年) |
| 寺島 (昭年) |
| 久松小学校校友会年表 |
| 明治 | |
| 6年3月 | 「第一大学区第一中学区第二番小学」として母校創立(9日)。開校式は7月27日。 |
| 13年2月 | 橘町5丁目から出火、全校舎類焼。 |
| 23年7月 | 久松小学校校友会が初めて開かれる。 |
| 43年6月 | 第一回日本橋区連合校友会開催。大隈重信、安田善次郎などの講演。 |
| 大正 | |
| 12年9月 | 関東大震災。校舎焼失。 |
| 昭和 | |
| 4年5月 | 震災復興校舎完成。復興基金には校友会有志の力が大きかった。 |
| 20年3月 | 東京大空襲により小学校、幼稚園ともに全焼(9日)。通学区域の95%が焼失。 |
| 22年4月 | 創立いらい教育制度の変革などにより何度か校名変更があったが、ようやく現在の「東京都中央区立久松小学校」になる。 |
| 26年7月 | 戦後第一回の校友会総会を開く(昭和19年春の総会以後中断していた)。 |
| 28年3月 | 小学校創立80周年記念式典挙行。 |
| 33年4月 | 戦後初の会則制定。 |
| 38年3月 | 昭和天皇・皇后両陛下のご臨席を仰ぎ小学校創立90周年・幼稚園創立20周年記念式典。校友会はPTAとともに記念事業に参画。 校友会記念メダル作成。 |
| 46年9月 | 太平洋戦争で被災した校舎が老朽化のため改築されることとなり、近隣3校(有馬・十思・東華)に分散授業開始。 |
| 48年4月 | PTA、校友会共催で新校舎落成を祝う会を開催。 |
| 48年10月 |
小学校創立100周年・幼稚園創立30周年記念式典。皇太子ご夫妻(今上天皇・皇后両陛下)ご臨席。 校友会は、旧来の学生中心のものから社会人主体のものに改組、「拡大校友会」として再スタート。記念式典終了後に、祝賀会を兼ねて第一回総会を開く。 学籍簿などを基に、卒業生全員を網羅した「校友会名簿」を発行。B5版、400ページを超えた。 |
| 49年5月 | 当番幹事制度を導入、卒業後10,20,30,40年目に当たる卒業生に幹事を委嘱。 |
| 53年3月 | 小学校開校105周年・幼稚園開園35周年記念式典挙行。 校庭に校友会の基金を主に、松の記念植樹を行う。 校友会の機関誌『校友会だより』を創刊。A5版、口絵4ページ、本文32ページ。消息の分かっている校友全員に無料配布。以後、毎年春に刊行。 |
| 57年11月 | 小学校開校110周年・幼稚園開園40周年記念式典。浩宮徳仁親王殿下ご臨席。 記念資料展、児童作品展、中央区資料展、立原道造展を開く。 『校友会会員連絡名簿』発行。10年前の名簿は、住所不明者を含む全員を掲載したが、今回は消息の判明している者に限定、これを基に『校友会だより』の発送が可能となった。 |
| 58年5月 | 会則改正。これまでのものを全面的に改正。 |
| 61年11月 | 大島三原山の噴火により本校体育館も避難宿泊所となる。大島町立元町小学校児童のうち、47名が本校に緊急編入学。校友会からお見舞いを贈る。 |
| 62年5月 | 来年に控えた115周年の記念事業基金の一助に、総会で校友会オリジナルのテレホンカード、Tシャツなど販売する。 この年から「ホームカミング」制度を導入。卒業後50年の会員を総会に招待。 |
| 63年3月 | 小学校開校115周年・幼稚園開園45周年記念式典。「久松資料館」開館。校友会から陳列ケース贈る。 『校友会だより』は定形郵便のサイズにあわせ、A5変形とした。 『会員連絡名簿』のデータをコンピューターに入力、発送作業が飛躍的に向上。 |
| 平成 | |
| 4年3月 | 小学校創立120年・幼稚園創立50周年記念式典。秋篠宮ご夫妻ご臨席。 記念事業の一環として校友会が校史『久松百二十年史』を刊行(資金集めから編纂まで完遂)。刊行準備は平成2年から始まり、「校史刊行発起人会」も結成された。同書は国会図書館はじめ全国都道府県の中央図書館にも寄贈。 |
| 5年3月 | 拡大校友会20周年記念として『会員連絡名簿』の改訂版を刊行。B5版、本文207ページ。これにより、現・旧職員など合わせおよそ7000名の会員の情報を把握。 |
| 7年1月 | 理事制の「松友会」発足。「卒業後50年で校友会常任幹事は定年」と校友会会則で定めたため、学校や校友会自体の古い事柄に関して若い常任幹事では対応できない恐れ。そこで補完の意味で新組織を立ち上げた。常任幹事として継続して10年以上の経験者が理事として参画、校友会とともに活動することに。 |
| 10年3月 | 小学校開校125周年・幼稚園開園55周年記念式典挙行。 校友会から、久松資料館の陳列ケース用に遮光カバーを贈る。 |
| 14年3月 | 小学校開校130周年記念行事の一環として、「タイムカプセルを開く式」を行う。 100周年の翌年に未来像の下に埋めたものである。 4月から130周年記念のリーフレット『久松のあゆみ』の刊行開始。15年3月まで毎月1部ずつ(8月を除く)発行。別冊『学校創立当時のこと』を同時発行。これまで久松小学校の校名は、地名に由来していたと半世紀以上言い伝えられて来たが、華族・久松定謨氏の寄付金や地元の拠出金を基に開校し、校名もこれに因んだと判明、同誌上に発表。 |
| 14年8月 | 久松小学校や周辺地域なども収録した中央区ビデオ広報「中央区を愛した文豪たち3・日本橋生まれの抒情詩人立原道造」完成。東京MXテレビでも放映。 |
| 14年11月 | 開校130周年・開園60周年記念式典。常陸宮ご夫妻ご臨席。祝賀会は、校友の人間国宝・鳥羽屋里長氏らの長唄「勧進帳」で開幕。 |
| 15年3月 | 周年関連のしめくくりとして「タイムカプセルを納める式」開催。貴重資料はCD−ROM化し、新資料を加え未来像の足元に埋設。二十年後の開校百五十周年に再び取り出す予定。 昨年の「開く式」も含め、一連の資金は「タイムカプセル基金」を設け、卒業 生から浄財を集めた。 |
| 15年5月 | 校友会、松友会共催により、旧伊予松山藩主久松家第18代当主・久松定成氏ご夫妻をお招きし、《久松家に感謝する会》を開催。校友会から久松氏に終身名誉会員証を贈呈。歴史に関わる対談を聴く。 |
| 16年3月 | 久松資料館へ、昨年開いた《久松家に感謝する会》の記録写真など額装し寄贈。 |
| 17年5月 | 校友会ホームページ開設。 |
| (渡辺俊夫編・平成17年5月) |
| 今までの卒業生 |
| 15,276名 | (平成17年3月24日現在) |
| 総会開催日 |
| 毎年5月第4日曜日 |